六重奏曲 (フランシス・プーランク)

 思えば無謀な母である。と、娘の平和な寝顔を見ながら思った。小学校六年生の娘との二人旅、二週間学校を休ませ厳冬のヨーロッパを巡った。娘の学校では生徒の半数が中学受験をするので、受験期はクラスの人数が半分になる。それなら、その時期に旅をするのも良いと考えた。幼稚園の時に東京でローザンヌ賞バレエコンクールを見た娘は、それ以来、「ローザンヌ賞を本場で見たい。」と言っていたが、それは一月の末、ピッタリだった。パリからラ・ロッシェルへ、ローザンヌへと二千キロの旅をした。残りはあと二日間。今夜のルーブルでのコンサートが夜のお出かけ最終回だ。
 旅の最後の宿にオテル・クイーン・メリーを選んだのは正解だった。キッチン付きアパルトマンも子連れ旅には便利だったが、旅の疲れが出る頃には、機能よりも優しい雰囲気が欲しくなる。 前夜、留学時代のママ・ミシュラン夫人宅で夕食を頂いてホテルに戻るとファックスが届いていた。ルーブルのコンサートに招待してくれたパリ管首席ホルン奏者のアンドレ・カザレからだった。「どんなに遅くても構わないので電話を下さい。」という彼らしい気配りの文面。電話をすると会場への行き方を丁寧に教えてくれた。
 会場はルーブルのガラスのピラミッドの下、すり鉢型の小振りなホールだ。ヨーロッパの超一流演奏家が集う木管五重奏とピアノのコンサートで、ホルンだけが休憩で交代する。前半がイギリスの天才少年・パイアット、後半がカザレ。演奏が始まると、パイアット以外のベテラン奏者達は楽しそうに個人主義を謳歌し始め、若いパイアットは唖然といった感じに見える。「上手いけれどバラバラ」というのが前半の印象だった。ところが休憩後、カザレが威厳のある姿を舞台に現した途端に空気が変わった。全員が彼を中心にまとまり、奏者達の気持ちのズレが跡形もなく消えてしまった。
 メインプロはプーランクの六重奏曲。前半には饒舌過ぎたピアノも、分をわきまえた弾き方になっている。ホルン奏者が変わっただけでこんなに変わるのだ。全体への目配り、凄い存在感と求心力、まるでカザレにスポットライトが当たっているように見えた。
 この六重奏曲、私にとっては学生時代に文化会館小ホールで弾いた想い出の曲。五つの管楽器とピアノ、それぞれの性格に合わせて書かれ、楽器の魅力が充分に生かされたフランス的でお洒落な曲だ。日本では馴染みの薄い曲だったが、昨年三月の「レ・ヴァン・フランセ」の名演のおかげで知られてきたのが、とても嬉しい。
 今年の正月、カザレからルーブルのガラスのピラミッドの絵葉書が届いた。コンサートから約七年が経っていた。娘は大学生になり、第二外国語にフランス語を選んだ。二十歳位だったパイアットは円熟した演奏家となった。私は、子育て後の演奏復帰という考えを捨て、音楽との接点をコンサートの企画に求める事にした。その原点はこの時の衝撃。絵葉書を手に取ると、その風景が私の人生を変えた冬の夜に変わり、輝いた。幼かった娘の肩を抱いて歩くその日の自分を探そうと絵葉書を覗き込んだ時、私の心に第一楽章中間部の甘さと切なさを湛えたホルンの旋律が鮮やかによみがえった。

*プロフィール
のせ ゆりこ (コンサートオーガナイザー)
コンセール・パリ・トーキョウ主宰。パリ管首席ホルン奏者アンドレ・カザレの協力を得て、日仏音楽交流の為の演奏会等を企画。

オテル・クイーン・メリー Tel:33-1-42-66-40-50
Hotel Queen Mary 9, rue de Greffulhe, 75008 Paris